日常に潜むわたしの興味。

日常に潜むわたしの興味。

28歳女子。既婚。会社員。本、哲学、散策が好き。そんな私が見ている風景をお届けします。

消費とつくること。

大量生産・大量消費社会。

それが当たり前の時代しか、私は生きていない。

 

何か欲しいものがあったとき、お金さえあれば大体手に入る。

いや、何ならいろんなものの大量生産により、お金も豊富になくとも、

一定のものは買うことができる。

 

また、それは物だけでなく、情報もそう。

知りたいことがあったとき、

いわゆる「ググれば」気になったことにすぐアクセスでき、

その情報の精度はともかく、何らかの答えがみつかる。

私も気になったことはすぐにググってしまう。

 

昔は、(といっても私の生きていない時代だが、)

何か欲しいとか、知りたいとか思っても、すぐには手に入らなかっただろう。

だからよほどの情熱があるときは、

自分でどうしたら手に入るか、また代替手段はないか考え、

多くの人が、たとえ小さなことでも、

自分なりに考え・ときには自分で生み出すということを

頻繁にしていたのではないかと思った。

 

いろんなものの進歩により、

できることはどんどん増え、新しいアイディアもたくさん生まれている。

 

今、多くの人が何らかの創作活動、

つまり自分で何かを生み出す活動しているのを見る。

自分には全くない発想に出会うことが多く、そのたびに感服する。

そしてその重要性もよく発信されている。多くの場合は、お金を稼ぐという意味で。

 

 

大量消費社会の中では、

自分が創造することより、消費することの方が圧倒的に多い。

 

話は飛ぶが、死に際に自分の人生をおそらく振り返ると思う。

その時に結局、何かを消費していることしかイメージできなかったら、

ちょっとむなしい気がした。でもそうなりかねない気もする。

 

何かを生み出す活動というのは、

「私の人生とは」というところにつながってくる気がした。

 

人は消費をするより、自分で考え生み出す方が

より達成感が得られ、人生の充実感に寄与するのではと思った。

 

だから。

そんな大きなことでなくていいから、

意識的に自分で何かを生み出すということを忘れずに、

生きていきたいと思った。

 

今日も寒かった。でも雨の音は何か寛大さを感じて心地いい。